令和5年度日本水産学会各賞受賞者の選考結果について

学会賞担当理事 大嶋雄治

 令和5年9月5日に開催した学会賞選考委員会は,15名全員の委員の参加を得て各賞受賞候補者の選考を行い,令和5年度第6回理事会(令和5年11月11日)において受賞者を決定した。

 総評および各賞の選考経緯,ならびに受賞者,受賞業績題目および受賞理由は以下のとおりである。

 

令和5年度日本水産学会各賞選考の総評と選考経緯

学会賞選考委員会委員長 征矢野清

総評

 令和5年度は日本水産学会賞5件,日本水産学会功績賞2件,水産学進歩賞3件,水産学奨励賞4件,および水産学技術賞2件の推薦があった。分野別にみると,水産生物・増養殖関係10件,生命科学・生理関係1件,環境関係0件,水産化学・食品関係3件で,漁業・資源関係と社会科学関係は2件であった。ただし,推薦された業績は,水産生物・増養殖関係と生命科学・生理関係,水産生物・増養殖関係と環境関係など,分野横断型研究が多く含まれていた。これらは代表的分野として件数を集計した。

 選考委員会では,「学会賞授賞規程」および「学会賞選考委員会内規」に基づき選考を進めた。すなわち,それぞれの候補について1名の調査担当委員が,推薦理由と推薦対象業績等に関する事前調査結果について口頭で報告を行い,続いて審議を行った。推薦数にかかわらず選考の水準を下げないよう全委員の意思の統一を図り,出席委員の投票によって授賞候補者を選考した。選考された授賞候補者の研究は,いずれも各賞の授賞規定に相応しい優れた業績,内容のものであった。

 本年度の応募総数は16件で,日本水産学会賞,日本水産学会功績賞,水産水産学奨励賞の推薦数は授賞可能数と同数あるいは上回ったものの,水産学進歩賞および水産学技術賞は授賞可能数を下回っていた。特に将来の水産学を背負って立つ若手研究者の活動の励みとなる水産学奨励賞および水産業の高度化に寄与する水産学技術賞への推薦は,水産学の発展と研究の普及に向け,また,本学会の振興のためにも欠かせない。昨年度より推薦数は増加したものの,本学会の活性化のためにも,会員諸氏にはより積極的な受賞候補者の推薦をお願いしたい。

 

日本水産学会賞

選考経緯:授賞可能数2件に対して5件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,無記名投票を行った結果,過半数の票を獲得し上位2名を授賞候補として推薦することとなった。1件は,魚介類の代謝研究と食品化学研究において優れた業績を挙げ,水産学の発展に大いに貢献するものであった。もう1 件は水産資源生物の行動生態学的研究に取り組んだものであり,学術上特別に優れた業績を挙げ,水産学の発展に大きく寄与したものと評価された。

 

日本水産学会功績賞

選考経緯:授賞可能数2件に対して2件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,無記名投票を行った結果,いずれも過半数の票を獲得したため,授賞候補として推薦することとなった。選出された2件のうち1件は,種苗生産技術の開発研究を長年にわたり進め,養殖技術の高度化に大きく寄与したものと評価された。もう1件は,魚類の初期生態と生育場に関わる研究を通して,水産学の発展に大きく寄与したものと評価された。

 

水産学進歩賞

選考経緯:授賞可能数4件に対して3件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,それぞれ無記名投票を行った結果, 3件ともに過半数の票を獲得したため,これらを授賞候補として推薦することとなった。選出された3件はそれぞれ,有用褐藻類の機能タンパク質,珪藻の発生機構と植物プランクトンの群集変動,養殖魚のゲノム選抜育種,に関して優れた業績を挙げ,水産学の発展に寄与したものと評価された。

 

水産学奨励賞

選考経緯:授賞可能数4件に対して4件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,無記名投票を行った結果,過半数の票を獲得した2件を,授賞候補として推薦することとなった。選出された2件は,それぞれウナギ属魚類の生態と保全,および仔魚へのω3脂肪酸供給システムの構築に関する研究で,将来の発展が期待されるものと評価された。

 

水産学技術賞

選考経緯:授賞可能数3件に対して2件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,無記名投票を行った結果,いずれも過半数の票を獲得したため,授賞候補として推薦することとなった。選出された2件は,それぞれ画像処理による魚体計測技術の養殖への導入,および内水面漁業の保全と振興に関する研究で,水産業の発展に貢献するものと高く評価された。

 

各賞受賞者と受賞理由

日本水産学会賞
  • 潮 秀樹氏
    「魚介類の代謝機能の解明と食品化学的応用」
    潮氏は,陸上生物には見られない魚介類の有する特異的な代謝機能,およびそれらに関連して数多く存在する特異的成分に関連した新しい知見を数多く発見し,それらを基に水産食品の高度利用化を実現した。魚類筋小胞体や魚介類色素胞の機能解析に基づく鮮度保持技術の開発,魚類脂質の特性および脂質蓄積機構の多様性の解明による養殖魚の品質改善,植物性素材および米糠成分の給餌による養殖魚の成長促進と血合筋の褐変抑制など,いずれも水産業にとって重要な手法として実用化に結びついている。このように,潮氏の研究は水産学と水産業の発展に極めて大きく寄与しており,日本水産学会賞を授与するにふさわしいものと評価された。
  • 益田玲爾氏
    「水産資源生物の行動生態学的研究」
    益田氏は,動物行動学や実験心理学の手法を水産資源生物に適用し,飼育実験や潜水観察により,魚類の行動の特性と個体の成長や生残に関する研究を行った。特に,稚魚期の学習能力の発達についての研究は,栽培漁業における種苗の育成・放流手法に新しい視座を与えた。また,長期にわたる魚類群集の潜水目視調査は,魚類群集の環境応答,温暖化の影響,津波後の回復といった貴重な知見をもたらすのみならず,種間相互作用と群集の安定性に関する重要課題の解決,環境DNA情報の定量定性的な有効性の検証など,他分野の研究発展に大きく寄与した。このように益田氏の業績は,優れた観察力に裏付けされた卓越したものであり,研究分野の創出と発展に大きな貢献が認められることから,日本水産学会賞を授与するにふさわしいものと評価された。
日本水産学会功績賞
  • 虫明敬一氏
    「栽培漁業における親魚養成技術の体系化と養殖種苗生産への適用に関する一連の研究」
    虫明氏は,一貫して海産魚の種苗生産,特に親魚養成技術の開発に長年にわたって取り組み,多くの魚種の種苗生産系の開発,改良に大きく貢献してきた。特に,シマアジ親魚の養成法,催熟法構築に加え,ウイルス性神経壊死症(VNN)フリー種苗の生産系構築に果たした功績は特筆すべきものである。さらに,ブリ,カンパチ,ニホンウナギ,クロマグロの親魚養成,人工種苗生産系の構築にも大きく尽力された。従来は現場の技術者の経験や勘に大きく依存してきた海産魚の種苗生産を科学の目で正確に記載し,多くの原著論文にまとめたのに加え,数々の総説・書籍を執筆し,本領域の体系化に大きく貢献した。以上のように,虫明氏の顕著な功績は,日本水産学会功績賞を授与するにふさわしいものと評価された。
  • 山下 洋氏
    沿岸魚介類の初期生態と成育場利用に関する研究」
    山下氏は,イカナゴを始めとして,メバル類,ヒラメ・カレイ類,スズキ,エゾアワビなどの重要沿岸魚介類資源の年級群水準の決定に重要な役割を果たす初期生態及び幼稚魚期の成育場利用について多くの研究成果を報告するとともに,資源生物の生態特性に基づいた栽培漁業技術の進展に貢献した。さらに近年は,陸域における人間活動が沿岸生態系に与える影響に関して,森里川海の連環という観点から特色ある研究・教育を行い,成果の社会への発信と提言を行ってきた。そして行政機関及び民間との連携による社会活動を通して,我が国の水産学と水産業の発展にも大きく貢献してきた。日本水産学会では,東北支部評議員,近畿支部幹事,理事などを歴任するとともに,数多くの委員会活動等を通じその発展に貢献し,現在も副会長として本学会の重責を担っている。以上より,山下氏の顕著な功績は,日本水産学会功績賞を授与するにふさわしいものと評価された。
水産学進歩賞
  • 井上 晶氏
    「高機能アルギン酸分解酵素の発見とそれを利用した有用褐藻類の機能タンパク質に関する生化学的研究」
    コンブやワカメなどの大型褐藻類は,水産業にとって重要な種であるとともに,他の藻類や植物にはみられない有用成分の多糖やカロテノイドをもつ。井上氏は,海藻多糖の分解酵素に関する研究に取り組み,既知の酵素よりも活性の高いアルギン酸分解酵素を発見した。これにより,褐藻から高品質な核酸を得る方法を開発するとともに,アルギン酸生合成・代謝関連酵素やカロテノイド生合成酵素などの機能を実証した。このように,井上氏の業績は有用酵素の発見と実用化に基づき,褐藻の新しい生化学的側面を明らかにすることを通して水産学の発展に大きく寄与したものであり,水産学進歩賞を授与するにふさわしいものと評価された。
  • 西川哲也氏
    「養殖海苔色落ち原因珪藻の大量発生機構と植物プランクトン群集の長期変動に関する研究」
    西川氏は,瀬戸内海において養殖海苔に甚大な色落ち被害を引き起こす珪藻 Eucampia zodiacus を主対象として,原因珪藻の生理生態学的特性を培養実験とフィールド調査の両面から研究し,その大量発生機構を解明した。特に,被害軽減対策として養殖海苔の色落ち発生時期を予察する手法を確立し,養殖海苔の安定生産に寄与した。加えて,長期にわたる海洋環境の変動とそれに対する植物プランクトン群集の動態応答を解析し,沿岸海洋環境の保全および再生に貢献した。わが国における水産研究の先進的な事例として,水産業を発展させ,水産学進歩賞を授与するにふさわしいものと評価された。
  • 細谷 将氏
    「養殖魚のゲノム選抜育種に関する研究」
    細谷氏は,養殖魚の遺伝育種学に関する研究において先進的な成果をあげて来ており,特にゲノム上の無数の多型マーカーを利用して算出した個体間の遺伝的類似性を利用して遺伝的能力を予測する「ゲノム選抜育種法(ゲノミックセレクション法)」をいち早く取り入れ,ギンザケやトラフグでその有効性を実証した。また,この育種法の基盤技術となるゲノムワイド多型解析法の導入・改良も積極的に進めてきた。これらの成果は日本の養殖研究にも多大な影響を与え,主要養殖生物においてゲノム選抜育種が計画されるようになってきている。細谷氏のこれらの一連の研究成果は,水産学進歩賞を授与するにふさわしいものと評価された。
水産学奨励賞
  • 板倉 光氏
    「ウナギ属魚類の生態解明と保全に関する研究」
    板倉氏は,近年漁獲量が激減しているウナギ属魚類の河川や湖沼域の生態について,バイオテレメトリーや安定同位体比分析を用いて日周的,季節的な活動,生息域への強い回帰性,餌資源を証明し,陸域・河川生態系の繋がりの重要性を明らかにした。特に,人為的環境改変がウナギに与える影響について森川海の繋がりに着目して解明している。ウナギ属魚類の生態学的研究にとどまらず生息域の保全と持続的利用という面から情報を提供し貢献している。今後ますます環境変化による影響が深刻な課題となる中,生態学,保全学の素地を活かしながら水産学研究を担うことができる将来性の高い若手研究者であることを評価し,水産学奨励賞を授与するにふさわしいものと評価された。
  • 松井英明氏
    微細藻類を起点とした仔魚への効果的なω3脂肪酸供給システムの構築に関する研究」
    エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などのω3脂肪酸は,海産魚類の種苗生産に必須の栄養素であり,通常は餌生物であるワムシに魚油由来のDHA強化剤等を添加することで供給する。松井氏は,ナンノクロロプシスに代表される微細藻類がω3脂肪酸合成能力を持つことに着目した。同氏は様々な培養条件を試み,リンが欠乏すると藻類のEPA生産量が2倍程度に増加することを発見した。加えて,藻類の細胞壁合成遺伝子を改変し,ワムシによる栄養吸収を改善することに成功している。一方,分光光度法を用いて藻類をモニタリングする手法も開発した。以上は種苗生産の基盤となる成果であり,水産学奨励賞を授与するにふさわしいものと評価された。
水産学技術賞
  • 米山和良氏
    「画像処理を適用した魚体計測技術の開発と養殖業への導入」
    我が国の養殖業の発展のためには,先進的な情報技術の導入による作業の効率化・省力化が不可欠である。米山氏は,光学カメラ画像による生簀内の養殖魚のサイズ推定や魚群の行動計測技術の開発などを通じ,これまで手作業で行われてきた給餌や出荷調整に新たな道を開いた。ここで確立されたマルチステレオカメラとAIを用いた画像計測技術や状態空間モデルと機械学習を応用した小型魚の自動行動追跡技術は学術的にも高く評価され,非接触による養殖魚の飼育・管理技術の開発に重要な基礎を与えるものである。米山氏による一連の研究は,今後,養殖生物工学ともいうべき新たな分野の嚆矢になることが期待され,水産学技術賞を授与するにふさわしいものと評価された。
  • 坪井潤一氏
    カワウの繁殖抑制対策等を用いた内水面の漁業資源保全に関する技術
    坪井氏の研究は,内水面の漁業資源保全に関するものと,カワウによる漁業被害削減に関するものという,二つの大きな柱から構成されている。前者は,放流効果を高める技術や,キャッチアンドリリース効果を高める技術等の科学的根拠を整備・普及するとともに,福島第一原発事故に際しては放射性セシウム濃度半減期の解明にも寄与した。後者は,擬卵やドライアイス,ドローンなど,多様な手法を用いた対策技術を開発し現場実装をすすめており,その効果は現場からも非常に高く評価された。水産業発展に大きく貢献しており,水産学技術賞を授与するにふさわしいものと評価された。

 

受賞者一覧

令和5年度春季大会にて,2024年3月28日に授賞式,3月28日及び29日に受賞者講演(28日:日本水産学会賞,29日:水産学進歩賞・水産学奨励賞・水産学技術賞)を予定しております。詳しくは令和6年度春季大会ウェブサイトにてご確認ください。