令和2年度日本水産学会各賞受賞者の選考結果について

学会賞担当理事 山下 洋

 令和2年9月15日に開催した学会賞選考委員会は,15名中14名の委員の参加を得て各賞受賞候補者の選考を行い,令和2年度第6回理事会(令和2年11月28日)において受賞者を決定した。

 総評および各賞の選考経緯,ならびに受賞者,受賞業績題目および受賞理由は以下のとおりである。

 

令和2年度日本水産学会各賞選考の総評と選考経緯

学会賞選考委員会委員長 萩原篤志

総評

 令和2年度は日本水産学会賞2件,水産学進歩賞3件,水産学奨励賞3件,および水産学技術賞6件の推薦があった。日本水産学会功績賞の推薦はなかった。分野別にみると,漁業・資源関係1件,水産生物・増養殖関係2件,生命科学・生理関係5件,環境関係1件,水産化学・食品関係5件,社会科学0件であった。いずれも水産学の重要課題に対する優れた研究として評価されるものであった。

 選考委員会では,「学会賞授賞規程」および「学会賞選考委員会内規」にもとづき選考を進めた。すなわち,それぞれの候補について1名の調査担当委員が,推薦理由と推薦対象業績などに関する事前調査を行い,出席委員からの口頭報告に続いて審議を行った。また,例年に比べ推薦数が少ない状況であったが,それによって選考の水準を下げないよう全委員の意思の統一を図った。その後,出席委員の投票によって受賞候補者を選考した。本選考結果が受賞者の今後の研究活動のさらなる発展に寄与することを願う次第である。

 本年度は,日本水産学会功績賞の推薦がなく,水産学進歩賞と水産学奨励賞の推薦についても授賞可能数を下回ったことは,大変残念であった。推薦総数の14件は,過去10年では最も少ない件数であった。これについては,コロナ禍の影響で今年度の日本水産学会春季大会が中止になったことや,昨年度の推薦件数が特に多かったことによる影響が考えられ,推薦件数の減少が一時的なものである可能性がある。会員諸氏には,次年度以降の受賞候補者の積極的な推薦をお願いする次第である。なお,本年度選出されなかったものの,優れた研究業績を含んでいると判断される候補者がみられた。今後の研究のさらなる発展と将来の受賞を期待したい。

 

日本水産学会賞

選考経緯:授賞可能数2件に対して2件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,2件以内連記の無記名投票を行った結果,過半数の票を獲得した2件を選出した。選出された2件は,いずれも学術上特別に優れた業績を挙げ,水産学の発展に大きく寄与したものと評価された。

 

日本水産学会功績賞

選考経緯:授賞可能数は2件であるが,今年度の推薦はなかった。来年度以降の推薦を期待する。

 

水産学進歩賞

選考経緯:授賞可能数4件に対して3件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,3件以内連記の無記名投票を行った。その結果,3件とも過半数の票を獲得し,これらを選出した。選出された3件は,いずれも,優れた業績を挙げ,水産学の発展に寄与したものと評価された。

 

水産学奨励賞

選考経緯:授賞可能数4件に対して3件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,3件以内連記の無記名投票を行った。その結果,3件共に過半数を越えたため,受賞候補として推薦することとなった。選出された3件は,いずれも,研究に精進し,将来の発展が期待されるものと評価された。

 

水産学技術賞

選考経緯:授賞可能数3件に対して6件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,3件以内連記の無記名投票を行った。その結果,過半数を越えた3件が選出された。選出された3件は,いずれも,技術上著しい業績を上げ,水産学ならびに水産業の発展に貢献したものと評価された。

 

各賞受賞者と受賞理由

日本水産学会賞

  • 荒井克俊氏 
    「魚介類の染色体操作とその育種応用に関する研究」
    荒井氏は,染色体操作とそれによって作出された倍数体や単為発生の特性解明に向けた研究を,分子細胞遺伝学・繁殖生物学・発生生物学的視点から展開し,魚介類における遺伝育種の学術的・技術的基盤を構築した。特に,サケ科魚類を中心に,染色体操作によって同質・異質三倍体や雌性発生二倍体を誘導し,生存や生殖などの生物学的特性を明らかにした。また,ドジョウを用いた研究では,クローン生殖を行う系統を見出すとともに,実験的に作出した交雑個体を用いて非還元配偶子の形成機構を明らかにした。染色体操作などによる倍数化研究をとおして蓄積した知見は,水産生物の育種・増殖における基礎情報として,アワビの育種事業や各地で展開されているサケマス類の交雑育種とその産業化などに広く活用されている。このように荒井氏の研究は,水産学と水産業の発展に大いに貢献するものであり,水産学会賞の受賞にふさわしいものである。
  • マーシー・ニコル・ワイルダー氏 
    「有用エビ類の生殖・脱皮・浸透圧調節に関する生理生化学的研究と新養殖技術開発への展開」
    ワイルダー氏はエビ類の生理生化学的研究として特に成熟制御メカニズムの解明と浸透圧調節機構解明に取り組むとともに,基礎研究で得られた知見の応用を行い,新養殖技術開発を展開してきた。水産有用エビ類の卵黄タンパク質の同定・合成経路の解明や眼柄ホルモンである卵黄形成抑制ホルモンの同定・作用機序に関する研究を実施し,有用エビ類の卵成熟抑制を解除する方法を確立した。さらに,オニテナガエビの浸透圧調節機構について研究を展開し,国際プロジェクトとしてベトナムで改良型非循環式グリーンウォーターシステムを開発し,メコンデルタ地域で広く技術移転した。バナメイエビの閉鎖循環式陸上養殖を民間企業と共同で確立し,商業ベースでの生産に成功している。これらの基礎から応用,産業化に至る成果は水産学と水産業の発展に幅広く貢献し,日本水産学会賞にふさわしいものである。

日本水産学会功績賞

(該当者なし)

水産学進歩賞

  • 河野智哉氏 
    「魚類サイトカインによる自然免疫応答の概日リズム制御に関する研究」
    河野氏は,養殖魚種から小型魚に至るまで様々な魚類を対象に,免疫調節分子サイトカインの同定から構造および機能まで幅広く解析を行い,多くの研究業績を上げて魚類の自然免疫システムの解明に大きく寄与してきた。さらに,魚類の免疫系が生物時計を司る時計遺伝子群によって制御される概日リズムを有しており,時間帯によって魚類の免疫力が異なることを世界に先駆けて見出した。これらの研究成果は,魚類の免疫に関する研究分野に大きく貢献しただけでなく,時間を考慮した効果的な疾病防除法の開発につながるものであり,水産増養殖分野にもたらす効果は,非常に高いものと判断する。したがって,水産学進歩賞を授与するにふさわしいものと評価された。
  • 外丸裕司氏 
    「ウイルス学的視点に基づいた植物プランクトンの生態学的研究」
    海洋中には10³⁰個ものウイルスが存在する。これらのウイルスは様々な宿主生物の消長に大きく関わり,生態系の物質循環やエネルギー流にも影響する。海洋の主要な基礎生産者である植物プランクトンとウイルスの関係も例外ではない。外丸氏はこの植物プランクトン,特に海の牧草ともいわれる珪藻類に注目し,珪藻類に特異的に感染するウイルスの研究を進め,珪藻類の消滅過程にウイルスが重要な要因となることを明らかにした。同氏は珪藻ウイルスの分離培養系の確立に成功し,ゲノムデータベースの構築にも多大な貢献をした。同氏の一連の研究成果は水産学や海洋生態系科学の進展に大きく貢献しており,水産学進歩賞を授与するにふさわしい。
  • 冨山 毅氏 
    沿岸性魚類の摂食生態と成長特性に関する研究
    冨山氏は,異体類を中心として沿岸性魚類の摂食生態や成長特性の解明と,これらに基づく栽培漁業や資源管理の推進を目指して研究を進めてきた。仙台湾,常磐海域や瀬戸内海において,イシガレイ,マコガレイ,ヒラメの稚魚の野外における成長を評価するとともに,その成長につながる摂食生態を,野外調査と野外・室内操作実験など多様な手法を駆使して明らかにしてきた。さらに,餌生物の生産力に基づくヒラメ種苗の適正放流量を示すなど,一連の研究成果は沿岸性魚類の成育場機能の評価や加入量決定機構の解明,資源増殖手法の高度化に貢献するものであり,水産学進歩賞を授与するにふさわしいものと評価された。

水産学奨励賞

  • 大賀浩史氏 
    「魚類の性成熟におけるキスペプチンの機能に関する研究」
    キスペプチン(Kiss)は,脳でつくられる生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)を上流で制御する因子として,2001 年に哺乳類で発見された新規の神経ペプチドである。大賀氏は,海産魚のマサバを用いて,当時魚類では機能が未知であったKissの機能に関する研究を進め,本種のKissリガンドと受容体を同定し,その作用機序を明らかにした。また,マサバ脳室内へのKiss 投与実験から,Kissが脳下垂体における生殖腺刺激ホルモン合成を直接的に促進することを魚類で初めて報告した。さらに,GnRHI産生細胞がKissの標的であることも明らかにしている。これらの成果は,魚類繁殖生理学の発展に大きく貢献したばかりでなく実用的にも重要な成果であり,同氏が水産学奨励賞を受賞するにふさわしいと判断された。
  • 識名信也氏 
    「イシサンゴの配偶子形成に関する研究」
    サンゴは熱帯,亜熱帯域の水産業の基盤をなす「サンゴ礁生態系」を構築する生物であり,サンゴの有性生殖機構を包括的に理解することは,その増殖技術,ならびに気候変動下における加入量の評価や予測に重要である。近年,サンゴ礁の再生を目指したサンゴの増殖事業は無性的に増やす手法が主流であり,有性生殖を利用した増殖技術については未解明である。同氏の研究は,イシサンゴの配偶子形成について分子細胞生物学的アプローチを積極的に取り入れた極めて先駆的なもので高い評価を受けている。サンゴの生殖に関する基礎研究,および増殖事業において将来的に世界をリードする人材になると期待され,水産学奨励賞の受賞に値するものと評価された。
  • 古川史也氏 
    「魚類鰓のカリウム・セシウム排出機構の発見と水生動物発生過程の代謝に関する研究」
    古川氏は魚類のカリウム(K)代謝に,鰓の塩類細胞とKチャネルであるROMKが関与することを世界に先駆けて証明した。また,福島原発事故で環境中に放出された放射性セシウムやルビジウムが,海産魚においてはKと同様の機構で体外に排出されることを証明した(本研究はFisheries Science誌に掲載され,平成24年度の論文賞に輝いた)。古川氏は現在,魚類および貝類の卵発達,胚発生,ふ化後の胚の卵黄吸収に至る時期にかけての糖代謝に関し,新しい研究分野を確立しつつある。イオン輸送に関する優れた研究成果に加えて,新しい研究分野に挑戦し,確実に成果を上げつつある点も若手研究者として高く評価されるべき点である。以上のことから,同氏は水産学奨励賞を受賞するにふさわしいと判断された。

水産学技術賞

  • 内田基晴氏 
    「海藻の発酵技術の開発と商品化」
    日本の発酵食品は食文化の中核素材でありその歴史も古い。ただ,水産分野の発酵食品としては魚醤油など動物性素材から作られたものが中心であり,海藻などの海産植物素材を原料とする食材はあまりない。内田氏は海藻類の発酵技術を基礎研究からスタートして実用化し,その発酵技術により海藻資源の高価値化に成功した。同氏が開発した海藻発酵調味料は民間企業と連携して製品になり,実際に市場に出ている。また,色落ちして商品価値の下がった養殖ノリを原料として製造したノリ醤油は,EU市場にも出回っている。同氏のこれら一連の研究成果は,実学としての水産学の進展のみならず和食文化の海外への普及にも大きく貢献しており,水産学技術賞にふさわしい。
  • 團 重樹氏 
    「マダコ幼生の行動特性に基づいた種苗生産技術の開発」
    マダコの種苗生産技術研究には長い歴史があるが,ふ化から稚ダコまでの生残率が極めて低く実用化にはほど遠い状態であった。團氏は,マダコ幼生の行動を注意深く観察し,飼育水槽内の下降流が幼生を消耗させること,マダコの体外消化時に水中に放出される消化酵素により,餌料のアルテミアが凝集・沈殿することが,マダコの生残率低下の主因であることをつきとめた。これらの問題を解決するために,上昇流を持続的に発生させる飼育システムを開発し,餌料として栄養強化ガザミ幼生を給餌することにより,高い生残率でマダコ種苗を生産できる技術を確立した。すでに本技術の現場への普及も始まっており,水産学技術賞を受賞するにふさわしいと評価された。
  • 吉富文司氏 
    マイクロ波による魚肉ねり製品の連続加熱成形技術の開発」
    魚肉ねり製品は,魚肉タンパク質に食塩を加えてペースト化したすり身を作製し,成形後加熱によってゲル化させて製造するが,吉富氏は垂直に配置した筒体内をすり身が下部から上部に垂直方向に移動する過程で,マイクロ波によってすり身内部から加熱することによって,連続的なねり製品生産技術を開発した。この技術は成形工程と加熱工程を一体化したものである。ケーシング包装を必要としない魚肉ソーセージの製造技術として実用化され,年間約600トンが生産されている。この技術はねり製品製造に技術革新をもたらし,水産学技術賞を受賞するにふさわしいと判断された。
受賞者一覧