令和6年度日本水産学会各賞受賞者の選考結果について
学会賞担当理事 益田玲爾
令和6年9月9日に開催した学会賞選考委員会は,13名の委員の参加を得て各賞受賞候補者の選考を行い,令和6年度第6回理事会(令和6年12月7日)において受賞者を決定した。
総評および各賞の選考経緯,ならびに受賞者,受賞業績題目および授賞理由は以下のとおりである。
令和6年度日本水産学会各賞選考の総評と選考経緯
学会賞選考委員会委員長 都木靖彰
総評
令和6年度は日本水産学会賞3名,日本水産学会功績賞2名,水産学進歩賞4名,水産学奨励賞6名の受賞候補者が推薦された。また,水産学技術賞1件の推薦があった。分野別にみると,水産生物・増養殖関係7件,生命科学・生理関係5件,水産化学・食品関係2件,漁業・資源関係1件,社会科学関係1件と多岐にわたった。ただし,分野横断型研究も多く含まれていた。
昨年度の推薦数に比べ,将来の水産学を背負って立つ若手研究者の活動の励みとなる水産学奨励賞の推薦数が増加したことは喜ばしい限りである。一方で,日本水産学会功績賞および水産学進歩賞の推薦数は授賞可能数と同数,水産業の高度化に寄与する水産学技術賞の推薦数は授賞可能数を下回っていた。これらの賞は,水産学の発展と研究の普及に向け,また,本学会の振興のためにも欠かせないものである。会員諸氏にはより積極的な受賞候補者の推薦をお願いしたい。
選考委員会では,「学会賞授賞規程」および「学会賞選考委員会内規」に基づき選考を進めた。すなわち,まずそれぞれの候補について1名の調査担当委員が推薦理由と推薦対象業績等に関する事前調査結果について口頭で報告をおこなった。続いて審議をおこない,最後に出席委員の投票によって受賞候補者を以下に説明する通りに選考した。選考された受賞候補者の研究は,いずれもそれぞれの賞の授賞規程に相応しい優れた業績,内容のものであった。
日本水産学会賞
選考経緯:授賞件数2件以内に対して3件が推薦された。調査結果の報告後,審議を行い,無記名投票を行った結果,過半数の票を獲得した上位2名を受賞候補として推薦することとなった。1件は,核酸オーム解析により海洋生物の生命機能を解明する先端的な研究において優れた業績を挙げ,水産学の発展に大いに貢献するものであった。もう1件は水産物の価格形成メカニズムに関する研究であり,社会科学分野において優れた業績を挙げ,水産学の発展に大きく寄与したものと評価された。
日本水産学会功績賞
選考経緯:授賞件数2件以内に対して2件が推薦された。調査結果の報告後,審議を行い,無記名投票を行った結果,いずれも過半数の票を獲得したため,受賞候補として推薦することとなった。選出された2件のうち1件は,バイオロギングおよび耳石をはじめとする硬組織を用いた水圏生物の生態解明研究の分野で優れた業績を挙げたものと評価された。もう1件は,魚介類の自然毒および生理活性タンパク質に関する研究により食品衛生学の発展に大きく寄与したものと評価された。
水産学進歩賞
選考経緯:授賞件数4件以内に対して4件が推薦された。調査結果の報告後,審議を行い,それぞれ無記名投票を行った結果,すべての候補者が過半数の票を獲得したため,これらを受賞候補として推薦することとなった。選出された4件はそれぞれ,魚類の卵巣分化から卵成熟までを制御するステロイドホルモンの産生機構,海産魚類種苗生産における生物餌料と仔魚による摂餌・消化特性,大型海産養殖魚の親魚養成および産卵誘導技術の高度化,水産生物の種判別等に関する研究に関して優れた業績を挙げ,水産学の発展に寄与したものと評価された。
水産学奨励賞
選考経緯:授賞件数4件以内に対して6件が推薦された。調査結果の報告後,審議を行い,無記名投票を行った結果,過半数の票を獲得した4件を受賞候補として推薦することとなった。選出された4件はそれぞれ,魚類生殖細胞の可視化と追跡,重要水産資源の行動生態の多面的可視化,魚類の生活史戦略の行動生理学,初期餌料としての海洋性微細藻類の利用と実用化,に関する研究で将来の発展が期待されるものと評価された。
水産学技術賞
選考経緯:授賞件数3件以内に対して1件が推薦された。調査結果の報告後,審議を行い,無記名投票を行った結果,過半数の票を獲得しなかったため,推薦を見送ることとなった。
各賞受賞者と授賞理由
日本水産学会賞
- 浅川修一氏
「ゲノム解析など核酸オーム解析による海洋生物の生命機能の解明」
ゲノム解析は生命現象を解明する手段として今やあらゆる生物に適用されている。浅川氏は,ヒト全ゲノム解析研究の実績を生かして海洋生物を対象としたゲノム解析にいち早く着手し,魚類の卵発生の特徴を利用した新しい簡便な全ゲノム解読方法を開発した。また,小分子RNAの網羅的解析など,各種核酸オーム解析を行い,海洋生物の遺伝子発現機構の特徴を明らかにするとともに,系群解析や機能解析などゲノム解析を基盤とする新しい水産学を構築した。以上より,日本水産学会賞を授与するにふさわしいものと評価された。 - 八木信行氏
「水産物の価格形成メカニズムの解明および国際貿易への応用に関する研究」
八木氏は,国内外の多くの共著者とともに研究成果を発表し,水産科学における社会科学的考察の普及に極めて大きく貢献した研究者である。たとえば水産業の経済分析では,生産段階のみならず加工・流通段階をも対象に,幅広いトピック・魚種・漁業種について定量経済分析を行った。日本の水産業の生産性に関する国際比較分析は,WTOやFAOなどの国際機関における政策立案・評価にも貢献している。特に東日本大震災に伴う風評被害研究では,広く社会に対しても積極的な発信を行い,社会的啓発と被災地復興に貢献した。このように八木氏の研究は,学術論文そのものの価値に加え,その社会実装という面からも水産科学の発展と振興にきわめて大きく寄与しており,日本水産学会賞を授与するにふさわしいものと評価された。
日本水産学会功績賞
- 荒井修亮氏
「水圏生物の生態解明に資する硬組織分析およびバイオロギングの手法開発と一連の研究」
荒井氏は,硬組織分析やバイオロギング手法を活用して,水圏生物の生態解明に長年にわたり取り組み,多くの研究・教育業績を挙げてきた。特に,各種バイオロギングについて,手法開発および魚類・無脊椎動物・海産哺乳類など多様な海産生物の生態研究を行い,バイオロギングを用いた研究が沿岸資源の増殖および管理のための一般的な調査手法として定着する道を拓いた。また,一連のジュゴンの生態解明を通して,ヒトとの共存の実現への指針を示した。さらに,国際共同研究を主導,日本水産学会理事,海洋理工学会会長,日本バイオロギング研究会会長等の学会活動への貢献,地域社会に対する科学の普及・啓発など,社会貢献も顕著である。以上のように,荒井氏の顕著な功績は水産学の発展と体系化に大きく貢献しており,日本水産学会功績賞を授与するにふさわしいものと評価された。 - 長島裕二氏
「魚貝類の自然毒および生理活性タンパク質に関する食品衛生学的研究」
長島氏は,魚貝類がもつ特殊な毒成分および生理活性物質に関する生化学的研究において顕著な成果をあげてきた。例えばフグ毒の体内動態や魚類体表粘液に存在する生理活性タンパク質に関し,新たな分析手法を積極的に取り入れながら様々な知見を集積し,それらの普及と啓発に尽力した。特にフグ毒における研究成果は,水産物の安全性確保に向けたリスク管理の基盤を構築する食品衛生上,極めて重要な知見を数多くもたらした。また,学会,行政機関,民間団体に関連する社会活動を積極的に行い,水産学ならびに水産業界に貢献した。以上より,長島氏の顕著な功績は,日本水産学会功績賞を授与するにふさわしいものと評価された。
水産学進歩賞
- 井尻成保氏
「魚類の卵巣の分化から卵成熟までを制御するステロイドホルモン産生機構の解明」
井尻氏は卵巣分化開始から卵成熟に至るまでの一連の雌性配偶子形成の制御に関わるステロイドホルモン産生機構を水産有用種を用いて,分子・細胞レベルで明らかにしてきた。特に,卵巣分化の起点となるエストラジオール-17β(E2)産生開始機構,および,卵成熟誘起の鍵となる卵成熟誘起ステロイド(MIS)産生機構を初めて明らかにした研究は,魚類生殖生理学分野においても国際的に高く評価されている。一方で,得られた成果をもとにウナギやチョウザメ類の雌化技術や安定的種苗生産技術の開発に成功し,それらを生産現場に導入するなど,水産養殖業の現場への技術的な貢献も極めて大きく,水産学進歩賞を授与するにふさわしいものと評価された。 - 小谷知也氏
「海産魚類種苗生産における生物餌料及び仔魚の摂餌・消化特性に関する研究」
小谷氏は,海産魚類種苗生産の分野において,摂餌に焦点を当て,生物餌料の生物学的特性と仔魚による摂餌生態・消化生理の観点から栄養価向上に向けた手法開発を進めるなど多面的に研究を推進した。特に,シオミズツボワムシの培養法,シオミズツボワムシに対する栄養強化の効率化及び高度化を図り仔魚の飼育成績を向上させ,また,仔魚の摂餌特性および消化機能の成長に伴う変化について解析した。このように小谷氏は,海産魚類の養殖に欠かせない種苗生産において一連の研究成果を挙げたことにより,水産学進歩賞を授与するにふさわしいものと評価された。 - 樋口健太郎氏
「大型海産養殖魚における親魚養成および産卵誘導技術の高度化に関する研究」
樋口氏は長年にわたり,ブリやクロマグロの親魚養成および産卵誘導の技術開発に取り組んできた。主な成果としては,ブリでは,成熟期に集中的に給餌を行うことで,給餌コストを削減しつつ良質卵を得ることに成功したこと,クロマグロでは,日長と水温を操作した大型陸上水槽での飼育により産卵時期を早め,人工種苗の冬季の生存率を2倍程度に高めることに成功したことが挙げられる。特に後者の成果は,クロマグロでは未だ利用が限定的である人工種苗を普及させるための起爆剤となり得る大きな成果である。樋口氏のこれらの一連の成果は将来の水産増養殖に資することが期待されるものであり,水産学進歩賞を授与するにふさわしいと評価された。 - 柳本 卓氏
「水産生物の種判別等に関する研究」
柳本氏は,分子生物学に基づく手法をスケトウダラやズワイガニ,スルメイカ,ニホンウナギなど漁業対象資源の資源量調査や水産生物の種判別,集団構造解析などに先駆的に導入して,漁業資源の適正管理や生態特性の解析に応用した。また,このような種判別法は水産物の原産地表示の鑑別法として,警察,税関,農林水産省,農林水産消費安全技術センターなどの食品表示の科学的検証に活用されている。以上により,水産学進歩賞を授与するにふさわしいと評価された。
水産学奨励賞
- 市田健介氏
「細胞表面抗原を利用した魚類生殖細胞の可視化およびその追跡」
代理親魚技術は,ドナーとなる種の配偶子の元となる生殖幹細胞を,宿主種(代理親魚)に移植してドナー由来の次世代集団を生み出す技術であるが,移植に用いる生殖幹細胞を生きたまま,他の細胞と区別することは困難であった。市田氏は,未分化生殖細胞に特異的に存在する細胞表面抗原に注目し,これに対する様々な抗体を作製した。その後,この抗体を用いたクロマグロ等の未分化生殖細胞の可視化,単離,追跡に世界で初めて成功した。これは,現在行われている遺伝子導入技術を用いた生殖細胞単離に変わるものであり,生殖細胞の移植などの操作の効率化をもたらすものである。本研究は,代理親魚技術の様々な魚種への展開加速化において,また,生殖細胞の分化,機能などの解明に向けた基盤構築において,重要な研究として注目されており,水産学奨励賞を授与するにふさわしいものと評価された。 - 富安 信氏
「モニタリング技術の併用による重要水産資源の行動生態の多面的可視化」
漁業の効率化において,対象生物の行動生態学的な知見は不可欠である。富安氏は,最新の音響手法やバイオロギング,光学カメラ等を駆使し,漁業現場に即した行動研究を展開してきた。ニシンの行動を追跡した研究では,本種の水平および鉛直的な分布と産卵回遊生態を明らかにした。タチウオの遊泳姿勢を解明した研究成果は,本種を魚群探知機で定量する際の重要な知見となっている。また,エビかごに対するトヤマエビの反応を水中カメラで撮影して分析し,かごへの出入りと環境要因の関連性を示している。このように富安氏の研究は,効率的・持続的な水産資源生物の利用に大きく貢献したことから,水産学奨励賞にふさわしいものと評価された。 - 中村政裕氏
「魚類の生活史戦略に関する行動生理学的研究」
中村氏は,主に飼育実験により,通し回遊魚の進化過程の解明につながる環境応答の行動・生理学的研究,および主要漁獲対象種である小型浮魚類の生活史戦略に関する研究を行ってきた。後者の研究では,マサバ稚魚の耳石酸素安定同位体比と生息水温の関係,成長速度と突進遊泳行動の関係,マサバ稚魚とカタクチイワシ仔稚魚の餌選択性について,飼育実験ならではの精度の高い情報を提供した。これらは,資源変動予測や温暖化の影響評価に大きく寄与する成果として評価できる。また,積極的に異分野交流を図っており,研究の発展が期待される。このように,中村氏の研究は,成果の重要性および将来性から,水産学奨励賞を授与するにふさわしいものと評価された。 - 山本慧史氏
「初期餌料としての海洋性微細藻類の利用と実用化に関する基礎的研究」
山本氏は,海洋性微細藻類の利用と実用化に向けて,初期餌料としての海洋性クリプト藻類 Rhodomonas sp. Hf-1 株の基礎的研究を推進し,その高い餌料価値を解明,かつ,実用規模での安定的生産を可能にした。本藻類は,餌料系列の空白部分に相当し,生産現場において強く望まれていた大型の植物性初期餌料であるため,種苗生産の困難な海産動物幼生の生産技術の発展に寄与するものである。山本氏の研究成果により,今後,有用な資源生物の適正な餌料培養とその安定的供給が期待される。よって,山本氏は将来性の高い若手研究者であり水産学奨励賞を授与するにふさわしいと評価された。
水産学技術賞
(該当者なし)
令和7年度春季大会にて,2025年3月27日に授賞式,3月27日及び28日に受賞者講演(27日:日本水産学会賞,28日:水産学進歩賞・水産学奨励賞)を予定しております。詳しくは令和7年度春季大会ウェブサイトにてご確認ください。