令和7年度日本水産学会論文賞の選考結果について
公益社団法人日本水産学会 編集委員会
委員長 松石 隆
【総評】日本水産学会では,毎年 Fisheries Science 誌と日本水産学会誌に掲載された論文の中から優れたものを論文賞として表彰している。本年度は,2025年に掲載された論文および過去6年間に出版され引用数の多かった論文から候補を選抜した。
まず2025年掲載論文について,編集委員が7分野に分かれて全体の20%に相当する優秀論文を選出し,内容の新規性や社会的影響力など多角的に評価した。その後,編集委員全員で投票を行い,得票数上位から授賞論文を判定し,7編(掲載総数の約5.8%)を選出した。選考過程を通じて,目的に合致する優れた論文が選ばれたと考えている。今後も日本の高品質な水産学研究が広く発信されることを期待したい。 また,過去6年間で被引用数が特に多かった論文(既に論文賞を受賞している論文, Article Processing Chargeを編集委員会が負担した論文を除く)として,以下の2編(8,9)が選定された。これらはいずれも掲載後に安定した引用が続き,Fisheries Science誌の国際的認知度向上に大きく貢献したと評価され,論文賞授賞規程および日本水産学会論文賞選考に関する申合せ事項に基づき選定した。
***
1.Fisheries Science 91巻1号:165-173 (2025)
(Pseudomonas属水草共生殺藍藻細菌による緑藻増殖促進活性とその活性物質)
陳 樹河,今井一郎,酒井隆一,藤田雅紀
https://doi.org/10.1007/s12562-024-01821-x
【受賞理由】水草に共生する殺藍藻細菌 Pseudomonas sp. が,植物ホルモン(インドール酢酸類)をつくり,緑藻の増殖を助けることを明らかにした。これらの物質は藍藻や珪藻には作用せず,緑藻と一緒に培養すると産生が抑えられた。一方,宿主となる水草の成長は促進され,本菌が水草と助け合う関係にあることが示された。藻類の増え方を調節する新しい仕組みを示した独創性と波及効果に富む優れた基礎研究であると評価された。
2.Fisheries Science 91巻2号:323-333 (2025)
(スジアラ Plectropomus leopardus 当歳魚への17α-methyltestosterone経口投与による人為的雄化誘導)
三好花歩,山口智史,藤倉佑治,宇治 督
https://doi.org/10.1007/s12562-025-01855-9
【受賞理由】スジアラは雌から雄へ性転換する魚で,雄親魚の育成に時間がかかることが養殖の課題である。本研究では,性分化期の当歳魚に17α-メチルテストステロンを餌に添加して与え,雄化を誘導した。その結果,精子形成が確認され,人工授精による受精卵とふ化仔魚の作出にも成功した。実用性が極めて高く,養殖技術として画期的な成果と評価された。
3.Fisheries Science 91巻3号:511-529 (2025)
(日本の種苗生産施設におけるシオミズツボワムシ複合種の種同定と応用への検討)
韓 程燕,上薗翔平,阪倉良孝,金 旼燮,李 玟哲,李 在晟,萩原篤志 https://doi.org/10.1007/s12562-025-01871-9
【受賞理由】日本の種苗生産施設で使われているシオミズツボワムシについて,DNA解析と形態測定により種を正確に同定した。その結果,環境耐性や培養特性の異なる4種が用いられていることが明らかになり,形態による簡便な判別方法も示された。ワムシ種の適切な使い分けにより,安定した餌料生産と生産性向上が期待される。現在の養殖用魚類種苗生産で必須の初期餌料について重要な知見を得ているものと評価された。
4.Fisheries Science 91巻3号:603-619 (2025)
(西日本におけるカレニア・ミキモトイ赤潮の長期的悪化傾向と発生時期の変化)
三宅陽一,鬼塚 剛
https://doi.org/10.1007/s12562-025-01867-5
【受賞理由】西日本で発生する有害赤潮カレニア・ミキモトイについて,過去30年間の赤潮年報を整理し,長期的な変化を解析した。その結果,赤潮の強さや発生期間が広い地域で増加し,発生時期も早まっていることが示された。これらの変化には気候変動やエルニーニョ現象が関与している可能性がある。気候変動の影響を長期に亘って水産業に大きな影響を与える事象で明らかにした研究で,今後の対策等に大いに役立つ研究であると評価された。
5.Fisheries Science 91巻5号:961-975 (2025)
The development of a new tank for mass production of eel seedlings
(ニホンウナギ種苗の量産に向けた水槽の開発)
須藤竜介,谷田部誉史,里見正隆,高崎竜太郎,上住谷啓祐,高橋光男,野村和晴,田中秀樹
https://doi.org/10.1007/s12562-025-01903-4
【受賞理由】ニホンウナギ人工種苗の量産を目指し,飼育水槽の形状や構造が飼育成績に与える影響を検討した。軸の長さを延ばしても成績が低下しないことを示し,その知見を基に新しい量産用水槽を開発した。実証試験では,1水槽あたり約1000尾の種苗生産に成功し,量産化への可能性を示した。ニホンウナギ種苗の量産に向けた水槽構造の改良を体系的に検討し,生残率と生産効率の向上を実証した点は評価できる。基礎的知見と実用的工夫を結びつけた研究であり,商業規模での種苗生産に向けた重要な技術的基盤を提供しているものと評価された。
6.Fisheries Science 91巻6号:1103-1111 (2025)
Updated stock assessment of Japanese eels using Japanese abundance indices
(日本の資源量指数を用いたニホンウナギの資源評価の更新)
田中栄次
https://doi.org/10.1007/s12562-025-01912-3
【受賞理由】1894年以降の長期データに2011~2022年の最新情報を加え,東アジアにおけるニホンウナギの資源状態を同じ手法で評価し直した。その結果,資源量は回復途上にあるものの,環境収容力の約3割にとどまることが示された。シラスウナギ漁獲量も持続的水準を下回っており,管理の重要性が確認された。日本の長期資源量指数を用いてニホンウナギ資源評価を最新データで更新した点は学術的・実務的意義が高いものと評価された。
7.日本水産学会誌 91巻4号:334-341 (2025)
大森文人,阪井田和則,荒巻 要,服部文弘,前山 薫,永井清仁,石崎松一郎,池田大介,菅野信弘,渡部終五
https://doi.org/10.2331/suisan.24-00043
【受賞理由】アコヤガイの未利用部位である足糸を有効活用するため,加水分解物を化粧品原料として評価した研究である。ヒト皮膚細胞に作用させると,しわの抑制に関わるコラーゲン関連因子の発現が高まり,老化による低下も抑えられた。水産副産物の新たな利用法を示し,資源有効活用の観点からも意義のある研究だと評価された。
8.Fisheries Science 86巻3号:561–572 (2020)
Correlation of extractive components and body index with taste in oyster Crassostrea gigas brands
(マガキCrassostrea gigas銘柄のエキス成分組成,身入り度指数と呈味との関係)
村田裕子,東畑 顕,三輪竜一
https://doi.org/10.1007/s12562-020-01417-1
【受賞理由】31銘柄のマガキについて,味の違いを分かりやすく示すことを目的に,成分と官能評価の関係を調べた研究である。甘味や濃厚感は,グリコーゲン量,遊離アミノ酸量,セリン含量と強く関係していた。これらを用いて銘柄を立体的に整理した結果,新規ブランド牡蠣はいずれも甘味と濃厚感が高い位置に示された。身入り度指数から味の傾向を予測できる点も示された。
9.Fisheries Science 87巻4号:491–502 (2021)
(水温ショックに曝されたナイルティラピアOreochromis niloticusの病理組織学的変化および酸化ストレス応答)
Phornphan Phrompanya, Paiboon Panase, Supap Saenphet, Kanokporn Saenphet
https://doi.org/10.1007/s12562-021-01511-y
【受賞理由】ナイルティラピアを急激な水温変化にさらし,体への影響を調べた研究である。25℃から37℃への急上昇では短時間で死亡し,エラや脳などで強い酸化ストレスが確認された。また,水温を±4℃変化させただけでも,エラの組織異常や粘液細胞の減少が起こり,低温では脳の神経組織にも損傷が見られた。小さな水温変化でも魚に大きな負担がかかることを示した。

