令和4年度日本水産学会各賞受賞者の選考結果について

学会賞担当理事 大嶋雄治

 令和4年9月10日に開催した学会賞選考委員会は,15名全員の委員の参加を得て各賞受賞候補者の選考を行い,令和4年度第6回理事会(令和4年11月19日)において受賞者を決定した。

 総評および各賞の選考経緯,ならびに受賞者,受賞業績題目および受賞理由は以下のとおりである。

 

令和4年度日本水産学会各賞選考の総評と選考経緯

学会賞選考委員会委員長 松山倫也

総評

 令和4年度は日本水産学会賞1件,日本水産学会功績賞1件,水産学進歩賞3件,水産学奨励賞1件,および水産学技術賞4件の推薦があった。分野別にみると,水産生物・増養殖関係2件,生命科学・生理関係3件,環境関係3件,水産化学・食品関係2件で,漁業・資源関係と社会科学関係は0件であった。

 選考委員会では,「学会賞授賞規程」および「学会賞選考委員会内規」に基づき選考を進めた。すなわち,それぞれの候補について1名の調査担当委員が,推薦理由と推薦対象業績等に関する事前調査結果について口頭で報告を行い,続いて審議を行った。推薦数にかかわらず選考の水準を下げないよう全委員の意思の統一を図り,出席委員の投票によって授賞候補者を選考した。選考された授賞候補者の研究は,いずれもそれぞれの賞の授賞規定に相応しい優れた業績,内容のものであった。

 本年度の応募総数は10件で,水産学技術賞の推薦数は授賞可能数を上回ったものの,他はすべて授賞可能数を下回っていた。推薦件数は年により増減するものの,特に将来の発展が期待される水産学奨励賞の推薦は1件のみであったことは残念であった。会員諸氏には,水産学に関する研究の進歩普及を図り,もって学術の発展と科学技術の振興に寄与するとともに,人類福祉の向上に寄与する,という本学会の目的を再確認していただき,本学会の振興のためにも,以降の授賞候補者の積極的な推薦をお願いする次第である。

 

日本水産学会賞

選考経緯:授賞可能数2件に対して1件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,無記名投票を行った結果,過半数の票を獲得したため,授賞候補として推薦することとなった。選出された1件は,有用魚種の繁殖生理に関して学術上特別に優れた業績を挙げ,水産学の発展に大きく寄与したものと評価された。

 

日本水産学会功績賞

選考経緯:授賞可能数2件に対して1件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,無記名投票を行った結果,過半数の票を獲得したため,授賞候補として推薦することとなった。選出された1件は,長年にわたる魚介類のタンパク質に関する生化学的研究を通して,水産学の発展ならびに体系化に大きく寄与したものと評価された。

 

水産学進歩賞

選考経緯:授賞可能数4件に対して3件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,それぞれ無記名投票を行った結果, 3件ともに過半数の票を獲得したため,これらを授賞候補として推薦することとなった。選出された3件はそれぞれ,魚類抗菌タンパク質と自然免疫,赤潮藻類の増殖・動態におけるポリアミンの役割,海洋生物毒の機器分析法,に関して優れた業績を挙げ,水産学の発展に寄与したものと評価された。

 

水産学奨励賞

選考経緯:授賞可能数4件に対して1件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,無記名投票を行った結果,過半数の票を獲得したため,授賞候補として推薦することとなった。選出された1件は,水生無脊椎動物の難分解性有機物分解能に関する研究で,研究に精進し,将来の発展が期待されるものと評価された。

 

水産学技術賞

選考経緯:授賞可能数3件に対して4件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,無記名投票を行った結果,いずれも過半数の票を獲得したため,得票数の多い順に3件を選出した。さらに,学会賞選考委員会内規に従い,授賞可能件数の制限を超えて追加すべき候補者があるかを審議した。その結果,残る1件も技術上著しい業績を上げ,水産学ならびに水産業の発展に貢献したと判断されたことから,授賞可能数の制限を超えて4件を授賞候補として推薦することに決定した。

 

各賞受賞者と受賞理由

日本水産学会賞

  • 松山倫也氏
    「有用魚類の飼育実験系構築による生殖生理学的研究と水産増養殖・資源生態学への応用」
    松山氏は,魚類の配偶子形成を制御する,脳-脳下垂体-生殖腺を結ぶ生殖内分泌軸(BPG-axis)における各種因子の機能解明を,情報の乏しかった有用海産魚を対象とした再現性の高い飼育実験系を構築することにより進め,魚類一般に共通するBPG-axis制御機構と魚種特有の機構のあることを見出した。これらの基礎的知見と開発された技術は,魚類増養殖における計画的採卵に理論的基盤を与えるとともに,トラフグ,ブリ,マサバなど複数重要種での完全養殖を実現させた。さらに,主要漁業資源である小型浮魚類の仔稚魚の生残に係る母性効果と環境応答とを解析できる飼育実験系を開発し,資源管理における実験資源学の必要性を提唱した。このように松山氏の研究は,水産学と水産業の発展に極めて大きな貢献をしており,日本水産学会賞を授与するにふさわしいものと評価された。

日本水産学会功績賞

  • 落合芳博氏
    「魚介類タンパク質の性状に関する一連の研究」
    落合氏は,一貫して魚介類のタンパク質に関する生化学的研究に長年にわたって取り組み,基礎から応用に至る数々の研究・教育の業績を挙げてきた。特に水産物の品質を決定づける重要因子である主要な筋原線維タンパク質の性状やミオグロビンのメト化機構の解明に関する研究では特筆すべき成果を挙げ,水圏タンパク質科学の新たな領域を切り開くとともに,水産学会大会シンポジウムの企画や書籍化を数多く実施し,水産化学分野の体系化に大きく貢献した。さらに本学会の理事,東北支部長,編集委員長,学会賞選考委員会委員など各種の要職を歴任し,学会の運営・発展にも貢献した。以上のように,落合氏の顕著な功績は,日本水産学会功績賞を授与するにふさわしいものと評価された。

水産学進歩賞

  • 木谷洋一郎氏
    「魚類抗菌タンパク質と自然免疫に関する研究」
    魚類の体表は脆弱な表皮細胞と粘液層で覆われていることから,多様な生体防御物質が含まれていることが知られている。木谷氏は,魚類の新規抗菌タンパク質としてL-アミノ酸オキシダーゼ(LAO)をクロソイ体表粘液から単離し,世界に先駆けてその1次構造を明らかにするとともに,詳細な性状解析を進めた。その他の魚種についても研究を遂行し,魚類抗菌タンパク質と自然免疫に関する研究を大きく進展させ,魚類免疫研究に新たな局面を切り開いた。同氏のこれらの一連の研究成果は,水産学進歩賞を授与するにふさわしいものと評価された。
  • 西堀尚良氏
    「有害有毒微細藻類の増殖および沿岸生態系の動態に対するポリアミンの役割に関する研究」
    ポリアミンはほとんどすべての生物の細胞に存在し,細胞の増殖や成長等,生命活動に必須である。西堀氏はポリアミンに注目し,特に赤潮藻類の増殖への関与と,海水中の動態について長く取組んで来た。細胞内の主たるポリアミンは微細藻類の綱ごとに異なり,赤潮渦鞭毛藻Karenia mikimotoiではノルスペルミン,赤潮ラフィド藻Chattonella属ではスペルミディンである事を示し,細胞内の含量が増殖速度と高い相関関係を示す事を見出した。また海水中ではプトレシン,スペルミディンが主要である事,微細藻類が海水中のポリアミンの供給源であり,一方で海水中のポリアミンは微細藻類に利用される事を指摘した。西堀氏のポリアミン研究は世界的に先駆的であり,水産学進歩賞を授与するにふさわしいものと評価された。
  • 渡邊龍一氏
    「麻痺性貝毒を中心とした海洋生物毒の機器分析法導入のための基礎研究」
    渡邊氏は,精製や濃度決定が極めて困難であった海洋生物毒の高精度機器分析に向けて,定量核磁気共鳴分光法等を駆使して微量成分の濃度決定法を確立したほか,藻類の大量培養法や毒成分の化学変換法を開発・改良した。麻痺性貝毒については標準物質の製造技術を確立したことで,検査の外部精度管理が可能となった。さらに,毒性を示さない鏡像異性体を化学合成し,標準物質としての同等性を示した。下痢性貝毒についても,大量培養した有毒藻類からオカダ酸群を簡便に精製する方法を確立し,正確な毒性等価係数を明らかにした。これら一連の業績は,海洋生物毒の機器分析を推進する上で重要な知見や技術を提供しており,水産学進歩賞を授与するにふさわしいものと評価された。

水産学奨励賞

  • 谷村 文氏
    「無脊椎動物が持つ難分解性有機物分解能からみた湿地帯の浄化機能」
    水圏生態系の研究において,一次から高次に至る生産に関するもの(いわば動脈分野の研究)が圧倒的に多く,分解過程(静脈分野)の研究は少ない。物質循環を定量的に評価しようとすると,分解過程の定式化が必要であり,同氏の研究はそこに切り込んだものである。例えば,汽水域の湿地では,微生物が難分解性有機物を分解することは以前より知られていたが,同氏は,汽水域に生息する水生無脊椎動物がセルロース分解酵素(セルラーゼ)を体外に排出して分解することを明らかにした。一連の研究成果は,水産学,広くは生態学分野の発展に大きく寄与するものであり,水産学奨励賞の授与するにふさわしいものと評価された。

水産学技術賞

  • 伊丹利明氏
    LAMP法を用いたエビ感染症診断法の確立
    LAMP法は,PCRと異なり反応温度を上げ下げすることなく,一定の温度で目的DNA領域を増幅する,特異性と感度が高い,迅速・簡便な方法で,伊丹氏は,いち早くこの方法をエビ類の養殖で大きな問題となっていたホワイトスポット病,イエローヘッド病,タウラ症候群,伝染性皮下造血器壊死症などに応用し,診断法の確立を成し遂げた。これらウイルスに対する定量的なLAMP法の開発にも成功した。特殊な機器を必要とせず,ウォーターバスがあれば実施可能で,養殖現場等に好適な診断技術といえる。本技術は,日本のみならず世界のエビ類の健全な養殖生産に大きく貢献しており,水産学技術賞を受賞するにふさわしいと評価された。
  • 内田圭一氏・萩田隆一氏・向井 徹氏・今井圭理氏・清水健一氏・八木光晴氏・山中有一氏・三橋廷央氏・磯辺篤彦氏・黒田真央氏
    「我が国沖合海域における海洋プラスチックごみ調査の規準化およびデータベース整備」
    プラスチックごみによる海洋環境汚染が世界的に注目される中で,候補者らは,我が国沖合海域における海洋ごみ,特にマイクロプラスチック(MPs)を含むプラスチックごみの表層および海底における分布実態を明らかにするために,水産系4大学の大型練習船による共同調査体制を構築した。さらに海洋ごみの調査方法を確立し,これを規準化した。その調査結果は世界的な海洋ごみデータベースに提供されている。候補者らの一連の調査研究は,持続可能な漁業研究における新たな分野を切り拓いたとともに,水産学の社会に対する更なる貢献が期待され,水産学技術賞を授与するにふさわしいものと評価された。
  • 安元 剛氏・廣瀬美奈氏
    「海洋生物のバイオミネラリゼーションを模した新規CO2鉱物化技術の開発」
    植物の光合成がCO2固定を担っているのは周知の事実であるが,海洋生物がCO2固定を担っていることは広く認知されていなかった。安元,廣瀬両氏は,海洋生物のバイオミネラリゼーション研究の過程で,海洋微生物の生体ポリアミンが空気中のCO2と直接反応してCO2を水溶液中に容易に溶かし込むこと,さらにCa2+を豊富に含む海水中では高純度のCaCO3沈殿を生じさせることを発見し,海洋生物がCO2固定に寄与していることを明らかにした。一連の成果に基づき,海水とポリアミンを利用して工場などから排出されるCO2をCaCO3として固定化する独創的かつ革新的な新規CO2鉱物化技術を確立した。両氏の業績は,国際的に通用する大きな学術成果であるばかりでなく,CO2削減による地球温暖化の低減対策の取り組みに大きく貢献するものであり,水産学技術賞を授与するにふさわしいものと評価された。
  • 山本義久氏
    「現場適用可能な海産魚介類の閉鎖循環飼育技術の開発と社会実装」
    閉鎖循環飼育技術による陸上養殖は,立地やスペースによる制約が小さく,換水をほとんど必要せず環境負荷も小さいため,持続可能な養殖生産を実現する技術としてあらためて注目を集めている。山本氏は,実施困難とされてきた海洋生物の初期飼育を閉鎖循環式陸上水槽によって実現した。この過程で,濾過装置等をユニット化し,科学的エビデンスを基に,省メンテナンス性を重視した「泡沫分離装置」や通常の浸漬式よりも硝化能力が高い「間歇濾過装置」等を開発した。これらの一連のシステムにより陸上での完全養殖を商業規模で達成するに至った。山本氏は現場をくまなく回り,多くの地方の陸上養殖プロジェクトでアドバイザーを務めるなど,学術面および応用面の双方から鑑みて,水産学技術賞を授与するにふさわしいものと評価された。
受賞者一覧

令和5年度春季大会にて,2023年3月30日に授賞式,3月31日に受賞者講演(日本水産学会賞,水産学進歩賞,水産学奨励賞,水産学技術賞)を予定しております。詳しくは令和5年度春季大会ウェブサイトにてご確認ください。