令和3年度日本水産学会各賞受賞者の選考結果について

学会賞担当理事 山下 洋

 令和3年9月4日に開催した学会賞選考委員会は,15名全員の委員の参加を得て各賞受賞候補者の選考を行い,令和3年度第6回理事会(令和3年11月27日)において受賞者を決定した。

 総評および各賞の選考経緯,ならびに受賞者,受賞業績題目および受賞理由は以下のとおりである。

 

令和3年度日本水産学会各賞選考の総評と選考経緯

学会賞選考委員会委員長 岡﨑惠美子

総評

 令和3年度は日本水産学会賞3件,日本水産学会功績賞1件,水産学進歩賞5件,水産学奨励賞5件,および水産学技術賞2件の推薦があった。分野別にみると,漁業・資源関係2件,水産生物・増養殖関係1件,生命科学・生理関係4件,環境関係2件,水産化学・食品関係6件,社会科学1件であった。

 選考委員会では,「学会賞授賞規程」および「学会賞選考委員会内規」に基づき選考を進めた。すなわち,それぞれの候補について1名の調査担当委員が,推薦理由と推薦対象業績等に関する事前調査結果について口頭で報告を行い,続いて審議を行った。推薦数にかかわらず選考の水準を下げないよう全委員の意思の統一を図り,出席委員の投票によって授賞候補者を選考した。選考された授賞候補者の研究は,いずれも水産学が直面する重要課題に対する優れた研究であり,水産学・水産業の発展に寄与することが評価された。

 残念ながら全体の推薦数は昨年度と同様に少なく,推薦数が授賞可能数を下回った賞もあったが,これは昨年度に引き続くコロナ禍の影響で各種活動が制限されたことによるとみられる。会員諸氏には,水産学会各賞の質や価値の向上のためにも,今後,より積極的な受賞候補者の推薦をお願いしたい。本選考結果が,受賞者の研究の更なる進展の契機となることを願うとともに,本年度選出されなかった候補者においても今後の研究のさらなる発展と将来の受賞を期待したい。

 なお,候補者選考をより客観化・迅速化するために,推薦書類様式の改善を進めているところである。推薦者は,候補者の業績や発展性を専門分野以外の委員にもわかりやすく説明して頂けるよう,お願いしたい。

 

日本水産学会賞

選考経緯:授賞可能数2件に対して3件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,2件以内連記の無記名投票を行った結果,過半数の票を獲得した2件を選出した。選出された2件は,いずれも学術上特別に優れた業績を挙げ,水産学の発展に大きく寄与したものと評価された。

 

日本水産学会功績賞

選考経緯:授賞可能数2件に対して1件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,無記名投票を行った結果,過半数の票を獲得したため,授賞候補として推薦することとなった。選出された1件は,長年にわたり水産学の発展ならびに体系化に大きく寄与したものと評価された。

 

水産学進歩賞

選考経緯:授賞可能数4件に対して5件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,4件以内連記の無記名投票を行った。その結果,3件が過半数の票を獲得し,これらを選出した。選出された3件は,いずれも,優れた業績を挙げ,水産学の発展に寄与したものと評価された。

 

水産学奨励賞

選考経緯:授賞可能数4件に対して5件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,4件以内連記の無記名投票を行った。その結果,4件が過半数の票を獲得し,これらを選出した。選出された4件は,いずれも,研究に精進し,将来の発展が期待されるものと評価された。

 

水産学技術賞

選考経緯:授賞可能数3件に対して2件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,2件以内連記の無記名投票を行った。その結果,2件とも過半数の票を獲得し,これらを選出した。選出された2件は,いずれも,技術上著しい業績を上げ,水産学ならびに水産業の発展に貢献したものと評価された。

 

各賞受賞者と受賞理由

日本水産学会賞

  • 酒井隆一氏 
    「天然物化学の視点から展開する海洋生物の有効利用に関する研究」
    酒井氏は,これまで一貫して海洋生物に含まれる生理活性物質に関する研究に携わり,水産未利用資源から医薬品候補物質をはじめとする多くの有用物質を発見するとともに,それらの化合物の作用機構や生産生物そして生理・生態における役割に関する研究を精力的に進めてきた。これらの研究成果は海洋生物由来の本格的な医薬品開発につながり,複数の抗がん剤を生み出すなど海洋天然物創薬等に多大な貢献をしており高く評価される。このように酒井氏は,研究蓄積が希薄であったわが国における海洋天然物の医薬品開発に関する研究分野を先導しており,水産学の発展に対する貢献は極めて大きく,日本水産学会賞を授与するにふさわしいものと判断された。
  • 東海 正氏
    「持続的漁業を目指した漁具・漁法の開発と改良に関する研究」
    東海氏は,持続可能な水産資源管理を実現させるために,漁業操業で種やサイズを分離する漁具の開発と評価を行うなど,漁具・漁法の研究分野を主導してきた。一連の研究によって,稚魚や絶滅危惧種の混獲防止,稚魚の選択採集を通じた正確な資源量調査,更には漁業操業のより一層の効率化が可能になるなど,その研究結果は実際の漁業現場において応用されている。また学術的にも,「小型投棄魚削減のための網目の拡大」など,国際的な水産資源管理における新しい概念の構築に貢献した。このように東海氏の研究は,水産学と水産業の発展に大いに貢献するものであり,日本水産学会賞の授賞にふさわしいものであると判断された。

日本水産学会功績賞

  • 濵口昌巳氏
    「魚介類の初期生態と藻場・干潟の機能の解明および保全・再生に関する研究」
    濵口氏は,種特異的に作用するモノクローナル抗体を用いることで,アサリやカキなどの二枚貝浮遊幼生を容易に同定する技術を開発した。これにより,海域における二枚貝幼生の拡散を追跡することで,個体群動態の解明につなげた。また,遺伝子解析技術を用いて,藻場・干潟域の生物の機能に関する研究を展開した。これらの成果は,沿岸漁業の持続的生産および藻場・干潟の保全・再生の観点において水産学上の寄与が大きい。また,地元広島県の漁業者団体に対し,アサリ等二枚貝の育成と漁場の保全について長年にわたって指導したことにより,同団体が令和2年度農林水産祭天皇杯を受賞するに至った。以上から,日本水産学会功績賞を授与するにふさわしいものと判断された。

水産学進歩賞

  • 家戸敬太郎氏
    「マダイの品種改良に関する研究」
    家戸氏は,海産重要養殖魚種であるマダイの品種改良に関する研究に長年取り組み,従来から行われてきた選抜育種および交雑育種に加え,ホルモン投与による全雄化などの性統御,染色体操作によるクローン化やマイクロインジェクションによるマダイの受精卵への遺伝子導入などの技術の応用も積極的に行い,多くの研究業績をあげてきた。特に,近年発展著しい遺伝子操作などを応用するためのマダイにおける技術的な基盤を構築した業績・意義は極めて大きく,学術の進展に大きく寄与するとともに,品種改良によりマダイ養殖業にも多大に貢献した。同氏のこれらの一連の研究成果は,水産学進歩賞を授与するにふさわしいものと評価された。
  • 小池一彦氏
    「微細藻類,特に有害有毒植物プランクトンと褐虫藻の生理生態学的研究」
    小池氏は微細藻類の生理生態学的研究に従事し,内容は有害有毒植物プランクトンと,サンゴ等に共生する褐虫藻の分野に大別される。前者の研究は,下痢性貝毒原因藻のDinophysis fortiiの葉緑体がクリプト藻由来であることを解明した成果が高く評価される。赤潮生物の現場での増殖活性の測定にパルス変調蛍光法を導入し,現在は各地の赤潮モニタリングに活用されている。褐虫藻の研究ではサンゴが褐虫藻を取り込む際にレクチンを介した認識機構を持つことの発見,シャコガイの糞中の褐虫藻がサンゴに共生するとの発見は評価が高い。斬新な発想に基づく先駆的研究の成果がブレイクスルーとなり,当該分野の発展に貢献した事は水産学進歩賞にふさわしいと評価された。
  • 山本昌幸氏
    「瀬戸内海における重要魚介類の資源特性に関する研究」
    山本氏は,瀬戸内海における水産資源管理や栽培漁業の推進のため,環境変動に伴う水産資源変動,水産重要種の生活史特性,ヒラメの初期生活史特性に関する研究を進めてきた。水温等の長期的な環境変動によって,マダイ,メイタガレイ,カタクチイワシの移動や産卵量などが変化し,それが資源にどのように影響したかを示した。そして,多数の水産重要種について生活史特性を明らかにしてきた。さらに,ヒラメでは,瀬戸内海に特有の摂餌・成長特性を明らかにした。これらの研究成果は,瀬戸内海における水産資源変動機構の解明ならびに資源評価・資源増殖手法の高度化に貢献するものであり,水産学進歩賞を授与するにふさわしいものと評価された。

水産学奨励賞

  • 小澤秀夫氏
    「魚貝類筋肉タンパク質の構造特性に関する研究」
    魚貝類の利用・加工特性は筋肉タンパク質の物理化学的性状と密接な関係がある。小澤氏は,筋収縮制御タンパク質トロポミオシンをモデルとして,種々の無脊椎動物の筋肉から精製した標品につき生化学的特性,熱安定性等を比較し,さらに食物アレルギーの観点から特定原材料に指定されているエビ類のトロポミオシンの安定性が高いこと,エピトープ部位の構造揺らぎが特に小さいこと等を分子動力学シミュレーションによって明らかにした。魚類の筋肉色素ミオグロビンのメト化機構についても,同様の手法によりその一端を明らかにした。これらの成果は,タンパク質科学のみならず,魚貝類の有効利用においても重要な知見であり,水産学奨励賞の受賞にふさわしいと評価された。
  • 桐明 絢氏
    「魚類刺毒に関する生化学的研究」
    魚類の中には刺毒魚が存在し,刺傷事故は世界中で頻発している。しかしながら,魚類刺毒は非常に不安定であることから詳細な研究が進んでいなかった。桐明氏は,各種刺毒魚の生物活性を調べるとともに,5種のカサゴ類と4種のアイゴ類の刺毒の全一次構造をcDNAクローニング法により決定し,クローニングした毒成分について立体構造予測や作用機序推定を行った。さらに,各種刺毒魚の粗毒にヒアルロニダーゼを見出し,毒成分の拡散因子として機能することを明らかにした。これらの成果は,魚類刺毒に関する研究を大幅に進展させた重要な成果であり,同氏が水産学奨励賞を受賞するにふさわしいと判断された。
  • 阪井裕太郎氏
    「水産政策,漁業管理および水産物市場に関する経済学的研究」
    阪井氏は,再生産可能な天然資源である水産資源を人間社会がどう利用し,配分してきたのかの解明を目指して,水産政策や漁業管理の定量的評価,水産物価格と需要に関する研究などを行ってきた。研究手法は最先端の経済学の研究手法を駆使したものが多く,例えば水産資源管理制度が機能している場合は漁業補助金がもたらす悪影響が緩和されることを実際のデータを用いて明らかにするなど,国際学会でも注目される研究成果を多くあげている。また北海道における沖底漁業の分析などでは現場の操業効率化に資する知見も得られている。このように阪井氏の研究は,水産学と水産業の発展に大いに貢献するものであり,水産学奨励賞の受賞にふさわしいものであると判断された。
  • 松本 萌氏
    「魚類の細胞性免疫を効果的に惹起するワクチンアジュバントの開発」
    ブリなどの主要な養殖魚で発生するノカルジア症や抗酸菌症の原因菌は,ワクチンによる効果が及びにくいという問題がある。松本萌氏は,ワクチンの効果を高めるアジュバントの開発を目指し,魚類の細胞性免疫機構を再検討した。その結果,魚類の細胞性免疫に宿主内のインターロイキン12(IL12)が機能しており,IL12の遺伝子発現で細胞性免疫を客観的にモニタリングできることと,脂質抗原に対する細胞性免疫誘導機構が魚類においても機能していることを発見した。これらの成果を合わせて,IL12の組換えタンパクと寄生体の細胞壁脂質成分をアジュバントとした新たなワクチン開発に成功した。これら一連の業績は,学術面および応用面の双方から鑑みて,水産学奨励賞にふさわしいと判断された。

水産学技術賞

  • 石崎松一郎氏・久田 孝氏
    「食用魚介類,特にサメ類の臭気除去技術の開発および利用加工への応用」
    サメやエイなどの軟骨魚類は,体内組織に多量の尿素を保持しており,死後微生物由来のウレアーゼにより生じたアンモニア臭が原因で食品としての利用はごく一部に限定されていた。石崎,久田両氏は,アンモニアを効果的に低減する微生物を見出し,宮城県気仙沼市で主として漁獲されるヨシキリザメおよびネズミザメなどを対象に,その微生物機能を活用したアンモニア臭除去法を開発するとともに,新たな機能を付加した高品質で多用途なサメ肉加工技術を確立した。両氏の業績は,国際的に通用する大きな学術成果であるばかりでなく,サメ肉加工業をはじめとする水産加工業界の今後の活性化に寄与するとともに,東日本大震災からの東北沿岸地域の復興にも大きく貢献するものであり,水産学技術賞にふさわしいと評価された。
  • 及川 寛氏・柴原裕亮氏・山本圭吾氏
    「麻痺性貝毒簡易検査キットの開発と普及」
    貝毒の問題は貝類の生産に大きな脅威であり,多くの国々で麻痺性貝毒検査にマウス毒性試験が公定法として用いられている。しかし動物試験は動物愛護の観点から世界的に忌避され,麻痺性貝毒検査でも機器分析法や簡易測定法の開発が望まれている。及川氏らはイムノクロマト法に基づく麻痺性貝毒簡易検査キットを開発し,本技法を二枚貝監視現場に実用化するマニュアルを完成させ、大阪湾を現場海域として貝毒監視に導入した。公定法のマウス毒性試験を減らす高度な麻痺性貝毒監視体制を確立した事は特筆され,全国規模の普及が期待される。本研究は,わが国や世界の麻痺性貝毒監視体制の高度化への大きな貢献が期待され,水産学技術賞にふさわしいと評価された。
受賞者一覧