令和元年度日本水産学会各賞受賞者の選考結果について

学会賞担当理事 萩原篤志

令和元年9月8日に開催した学会賞選考委員会は,15名中13名の委員の参加を得て各賞受賞候補者の選考を行い,令和元年度第6回理事会(令和元年11月30日)において受賞者を決定した。

総評および各賞の選考経緯,ならびに受賞者,受賞業績題目および受賞理由は以下のとおりである。

 

令和元年度日本水産学会各賞選考の総評と選考経緯

学会賞選考委員会委員長 松永茂樹

総評

令和元年度は日本水産学会賞4件,日本水産学会功績賞2件,水産学進歩賞8件,水産学奨励賞6件,および水産学技術賞5件の推薦があった。分野別にみると,漁業・資源関係3件,水産生物・増養殖関係10件,生命科学・生理関係5件,環境関係2件,水産化学・食品関係4件,社会科学1件であった。選考委員会では,「学会賞授賞規程」および「学会賞選考委員会内規」にもとづき選考を進めた。すなわち,それぞれの候補について1名の調査担当委員が,推薦理由と推薦対象業績などに関する事前調査を行い,出席委員からの口頭報告と欠席委員からの書面報告に続いて審議を行った。その後,出席委員の投票によって授賞候補者を選考した。その結果,各賞の授賞要件を満たす業績を挙げたことが評価された候補者が選出された。

今回,日本水産学会功績賞は受賞可能数と同数の推薦であったが,他の賞は授賞可能数を大きく越える推薦があり,水産学の様々な分野で活発に研究が進められていることが窺われた。会員の方々には,引き続き,受賞候補者の積極的な推薦をお願いする次第である。また,本年度選出されなかった候補者の中には,高い評価を受けた方が多数見られた。そのような方々の研究のさらなる発展と将来の受賞を期待したい。

 

日本水産学会賞

選考経緯:授賞可能数2件に対して4件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,2名以内連記の無記名投票を行った結果,過半数の票を獲得した2件を選出した。選出された2件は,いずれも学術上特別に優れた業績を挙げ,水産学の発展に大きく寄与したものと評価された。

 

日本水産学会功績賞

選考経緯:授賞可能数の2件に対して2件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,2名以内連記の無記名投票を行った。その結果,両件ともに過半数の票を獲得したため日本水産学会功績賞受賞候補者として推薦することとなった。選出された2件は,いずれも,長年にわたり水産学の発展ならびに体系化に貢献したものと評価された。

 

水産学進歩賞

選考経緯:授賞可能数4件に対して8件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,4名以内連記の無記名投票を行った。その結果,5件が投票総数の過半数越えたが,上位の4件を選出した。選出された4件は,いずれも,優れた業績を挙げ,水産学の発展に寄与したものと評価された。

 

水産学奨励賞

選考経緯:授賞可能数4件に対して6件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,4名以内連記の無記名投票を行った。その結果,上位の4件が過半数を越えたため推薦することとなった。選出された4件は,いずれも,研究に精進し,将来の発展が期待されるものと評価された。

 

水産学技術賞

選考経緯:授賞可能数3件に対して5件の推薦があった。調査結果の報告後,審議を行い,3名以内連記の無記名投票を行った。その結果,過半数を越えた3件が選出された。選出された3件は,いずれも,技術上著しい業績を上げ,水産学ならびに水産業の発展に貢献したものと評価された。

 

各賞受賞者と受賞理由

日本水産学会賞

  • 奥澤公一氏
    「魚類の性成熟に関する内分泌学的研究」
    奥澤氏は,魚類の生殖内分泌学的研究を,それまで例の無かった海産の養殖魚類にまで対象を広げて,長年に渡り展開した。マダイにおいて魚類特有の生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)測定系を開発し,この測定系を用いて,魚類で主要な役割を果たすGnRH 分子種を特定するとともに,内分泌軸の上位で性成熟を制御するというGnRH の役割を示した。また,哺乳類以外ではじめてGnRH 受容体遺伝子の同定に成功し,その特徴を明らかにすることにも成功している。さらに,未熟なマダイにGnRH アゴニストを投与することで,性成熟に作用する各種内分泌因子の発現や分泌量が上昇することを見出すなど,初回成熟におけるGnRH の機能を解明し,この分野の研究をリードした。このように奥澤氏の研究は魚類繁殖生理学の基礎から催熟技法の構築といった応用技術にまで幅広く貢献するものであり,日本水産学会賞にふさわしいものである。
  • 山本民次氏
    「水産環境の保全・修復に関する研究」
    山本氏は,水域における親生物元素の動態と循環を,現場観測,藻類培養等の室内実験,数値生態系モデル解析など,多角的な取り組みによって明らかにした。赤潮,貧酸素水塊,青潮の発生などに象徴される富栄養化の過程の研究に加え,それらの対策として取られた窒素やリンの流入負荷削減が海域の貧栄養化を招き,漁獲量を低下させることを指摘した。また,水質改善に加え,底質改善が必要であることを示し,硫化水素の溶出低減技術の開発を行い,実海域に適用した場合の効果について定量的に評価することで,政府や自治体の水域環境改善施策につなげた。一連の研究成果は,底質の改善に有効な機能性材料となり得る新材料の開発へと発展させ,同時に活発な普及活動を行うなど,社会に大きく貢献し,日本水産学会賞を授与するにふさわしい。

日本水産学会功績賞

  • 岡﨑惠美子氏
    「水産物の高付加価値化に関する研究」
    未利用・低利用水産物資源の有効利用技術開発、水産物の安全・安心を確保する測定技術開発、冷凍水産物の高付加化価値化に関する研究などを、産業現場への応用的視点から幅広く実施し、新技術の展開をリードした。とくに、畜肉様の食感をもつ魚肉タンパク素材マリンビーフ、オキアミを利用するカニ肉様食品など新規食品の製造技術開発に貢献した。また震災復興プロジェクト研究等を通じ、自ら開発に寄与し新たな機能性や効率的生産を可能とする「魚油乳化技術」、「通電加熱技術」を現場に導入し、被災地域復興の取り組みを積極的に推進した。また、学会、行政および業界に関連する社会活動を積極的に行い、食の安全性・信頼性確保および水産食品学の体系化に貢献した。さらに、水産利用加工分野の人材育成や学会運営に対する尽力などの功績も高く評価された。
  • 黒倉 壽氏
    自然科学と社会科学の融合によって水産学を総合科学として再定義した業績」
    黒倉氏は,自然科学研究を主として発展してきた水産科学分野に早い時期から社会科学研究の手法を導入し,自然科学分野と社会科学分野の両面から独創的な研究を推進して水産科学を総合科学として発展させる原動力となった。特に東南アジア域をフィールドとして進めた研究は,近隣諸国における水産学研究の発展の礎ともなり,アジアにおける水産業の持続的発展に大きく貢献した。加えて,東日本大震災が起こった折にはいち早く震災現場を訪れ,現地の方々と協力した様々な活動を通して水産業のみならず多面的な地域の復興にむけて活躍し,水産科学が真に人類の福祉に貢献できることを示した。また,日本水産学会においては長きにわたって水産政策や東日本大震災災害復興支援の理事を務め,学会の発展にも大きく貢献した。以上から,同氏が日本水産学会功績賞に値するものであると判断した。

水産学進歩賞

  • 神山孝史氏
    「沿岸域における微小動物プランクトンの動態と微生物食物網での機能に関する研究」
    1980年代に入り微小動物プランクトンが鍵となる新たな食物網が提案された。神山氏もその頃から微小動物プランクトンの生態学的研究に取り組み始め,低次生物生産過程における微小動物プランクトンの役割を次々と明らかにした。この成果は沿岸生態系における漁場生産力や食物網の構造を理解するための基本情報として水産学的に高い価値を有する。また,同氏は培養の難しい微小動物プランクトンの研究手法の確立にも貢献した。特に培養が困難とされた下痢性貝毒原因藻Dinophysis属の培養方法の汎用性を高め,増殖生態や毒生産能を解明した。同氏の一連の研究は水産学のみならず沿岸海洋学の進展にも大きく貢献しており,水産学進歩賞を授与するにふさわしいと判断した。
  • 巢山 哲氏
    「サンマの齢査定の確立と資源生物学的研究」
    サンマは重要資源であるにもかかわらず、従来は寿命、分布・回遊生態などに関して不明の点が多かった。巣山氏は、耳石を用いたサンマ齢査定法を確立して成長を明らかにするとともに、寿命を2年と確定した。さらに北太平洋に広く分布する本種が海域によって成長や初回成熟年齢の違いがあることを明らかにした。この成長の違いが耳石年輪径の海域差に反映されることを利用して年齢別の回遊様式の違いを明らかにし、同種の来遊モデルの構築に寄与した。同氏の一連の業績はサンマの北太平洋漁業委員会(NPFC)においても高く評価されており、これらの研究成果の一部は2019年にNPFCにおいて合意された保存管理措置にも反映されるなど、国際的な資源管理の枠組みに大いに貢献している。以上により、水産学進歩賞を授与するにふさわしいものと評価された。
  • 引間順一氏
    魚類の病原微生物に対する自然免疫システムに関する研究
    引間氏は,病原微生物から生体を防御する自然免疫システムに関する研究に取組み,養殖魚として重要なヒラメやトラフグに加え,小型魚モデルであるメダカを用いて多くの研究業績を上げ,魚類の自然免疫システムの解明に寄与してきた。特に,病原体由来の分子を認識するパターン認識機構に関する多くの遺伝子を同定し,それらの機能について明らかにした。また,溶菌酵素として知られるリゾチームは,魚類において2種類存在することを鳥類以外で初めて発見し,これらのリゾチームの働きによって微生物の侵入を防御していること明らかにした。これらの研究成果は,魚類の自然免疫システムに関する研究分野に大きく貢献したものと高く評価され,水産学進歩賞を授与するにふさわしいものと評価された。
  • 森田健太郎氏
    サケ科魚類の生活史特性と個体群過程からアプローチした生物資源保全学研究
    北太平洋に生息するサケ科魚類について,河川から海洋にわたる生活史の中で多様な角度から研究を進め,人間活動による生態系撹乱の影響,野生サケ資源の生残率が放流魚と同等程度に高いこと,サケの成熟年齢・成熟体長などの生活史形質が環境や漁業による選択に対応して可塑的に変化するメカニズムなどについて研究成果を報告した。データの収集と数理モデルにより理論を構築し,それをフィールド調査で検証するとともに現場での資源管理と保全に活用するという,生態学と水産学を包括する研究を展開した。これらの成果は,生物多様性を保全するための河川管理方策やサケマス資源の増殖と管理にも反映されており,水産学の進歩に大きく貢献するものであると評価された。

水産学奨励賞

  • 金 禧珍氏
    「餌料生物の生理・遺伝学的研究と仔魚への給餌効果」
    ワムシ類のような餌料生物の培養技術の発展は,種苗生産技術の改善に不可欠である。金氏は,動物プランクトンの生物機能解明や仔魚飼育への応用について興味深い研究を行っている。例えば,ワムシ耐久卵に対する塩分の影響を解明し,老化したワムシの耐久卵の品質の劣化から非正常卵の生成機構を,また,耐久卵の孵化が脂肪酸の酸化と密接に関係していることを遺伝子レベルから確認している。さらには,ワムシ類の全ゲノム解析研究に関しても成果を挙げている。
    これらの成果は,動物プランクトンの基礎科学と餌料生物学の発展に大きく貢献し,学術的ばかりでなく実用的にも重要な成果であり,同氏が水産学奨励賞を受賞するにふさわしいと判断された。
  • 小祝敬一郎氏
    「分子生物学的手法を用いたクルマエビ血球細胞の分類」
    クルマエビの血球細胞群の分類は,これまで色素染色によって行われてきたが再現性に問題があった。小祝氏は抗体やレクチンを用いることにより,客観的で安定的に分類可能となる新規な技術を開発した。この方法の活用により,血球細胞の分離についても,従来の比重を用いた方法に比べ,安定的に行うことができるようになり,働きの異なるクルマエビ血球細胞群の特徴が明らかになった。これによって各細胞群の分子生物学的な解析が行えるようになり,他のクルマエビ類への応用も期待される。クルマエビの免疫・生体防御機構を理解する上で基礎を築いた研究と言えることから,水産学奨励賞にふさわしいと評価された。
  • 小山寬喜氏
    「水産無脊椎動物の生息塩分と体成分の変化に関する食品生化学的研究」
    水産無脊椎動物は環境要因の変化に対して柔軟に対応できることが知られてきた。そこで小山氏はクルマエビとヤマトシジミを研究対象として,生息塩分の違いが代謝系に影響することを遺伝子レベルで明らかにした。クルマエビでは,生息塩分に応じて2種類のミオシン重鎖遺伝子の発現量が異なること,および,遊離アミノ酸量の変動要因となる代謝系の変化を明らかにした。また,ヤマトシジミではアミノ酸を含めた低分子成分量が生息塩分に応じて変化し,呈味性の向上が生じることを明らかにした。これらの成果を通じて生息塩分による食品的価値の制御が可能であることを明らかにしたことは,学術的・産業的に重要な業績であり,同氏が本賞を受賞するにふさわしいと判断された。
  • 須藤竜介氏
    「ニホンウナギの産卵回遊の開始機構に関する生理生態学的研究」
    須藤氏は,生態学的・水産学的に重要なニホンウナギの産卵回遊や成熟に関す生理学生態学的研究を進めている。その中で,ニホンウナギの産卵回遊の開始が,秋の水温低下および月周期と関連していることを明らかにした。それら環境因子と産卵回遊を惹起させる内分泌因子の関係を調査しところ,水温低下によって雄性ホルモンである11ケトテストステロンが上昇すること,また,産卵回遊開始前のニホンウナギにこのホルモンを投与にすることによって,行動活性が高まることを実験的に明らかにした。以上のように,須藤氏の研究は,ニホンウナギの産卵回遊開始機構の解明に向けた重要な知見を含んでおり,水産学奨励賞の受賞に値するものと評価された。

水産学技術賞

  • 稻野俊直氏・田牧幸一氏・山田和也氏
    「高温耐性ニジマスの作出と高温耐性の生物学的評価」
    稻野,田牧,山田氏らは,1966 年から宮崎県水産試験場で選抜されてきた高温耐性系統ニジマスの高温耐性を科学的に評価し,その耐高温特性を明らかにするとともに,これらの系統を片親に用いるだけで,高温耐性を次世代個体に導入可能であることを明らかにした。この点は本系統の育種素材としての価値を大幅に高めたものとして意義深い。また,世代時間が長い水産有用種を用いて,長年にわたり選抜育種作業を継続してきた点も高く評価できる。このように本研究は,魚類の高温耐性系の作出に有用な指針を示すとともに,魚類の高温耐性獲得の分子機構の解明にも大きく貢献しており,水産学技術賞にふさわしい。
  • 風藤行紀氏・田中寿臣氏
    「ウナギ生殖腺刺激ホルモンを用いた人為催熟・採卵技術の高度化とその応用に関する研究」
    風藤氏は,ウナギの生体内で生物活性を有する組換え生殖腺刺激ホルモン(GTH)の大量生産に成功した。さらに,その測定系の開発等を通じ,成熟・産卵におけるGTH の機能を明らかにしている。田中氏は,風藤氏の得た基礎的知見をもとに,組換えGTH による人為催熟・採卵技術の高度化を進め,ウナギにおいて,安定的かつ計画的な良質卵供給システムを開発した。これらは両氏の緊密な連携と協力によって初めて成し遂げられたものであり,今後,養殖ウナギの大量生産技術の開発に大きく貢献する研究である。本研究成果である組換えGTHは民間企業から既に市販されている。また,組換えGTHの大量生産に関しては,マダイ,ブリ類に応用され,生殖生理学的研究に大きな影響を与え,更にクロマグロ等でも研究が進行中である。以上のことから水産学技術賞にふさわしいと評価された。
  • 亀甲武志氏
    ホンモロコ資源の持続的利用にむけた資源管理技術の開発
    ホンモロコは琵琶湖を代表する重要水産資源であるが, 平成8年以降に漁獲量が激減し,効果的な資源回復策が求められていた。亀甲氏は,本種の産卵生態,初期生活史,遊漁による採捕量等を解明し,産卵親魚や産卵場の保護が本種の資源回復に重要であることを明らかにした。これらの成果をもとに産卵親魚や産卵場を保護することによって資源を管理し再生する技術を開発した。また,漁業者だけでなく遊漁者にも産卵保護の重要性を説明する等,施策の現場普及を図り,実際に本種の漁獲量を回復に向かわせている。以上,本業績は本種の資源回復に貢献するほか,当該技術の適用によって,国内の絶滅の危機に瀕した淡水魚類の資源回復にも貢献することが期待される。
受賞者一覧